top of page
  • 紙成鳴美
  • 10 時間前

日本の硬貨の中で五円だけがアラビア数字を用いていないという投稿を見て、あ、ほんとだ!と今更ながらに感心しました。海外の方から見たら何の硬貨か分からないですね。


稲穂は農業を、歯車は工業を、水面が漁業を描き日本の再建の願いがこめられているそうです✨ 



こちらの五円玉。持っていた中で一番古い昭和50年の硬貨を洗って写してみました。五円で五十でちょうど良い🙏✨です。日本のどこを旅してきたのか聞いてみたいです。色んな人のお財布を渡り歩いてきたのですね。


民俗学者の新谷尚紀氏「なぜ日本人は賽銭を投げるのか」というの本の中で、「人との出会いは全て縁で繋がっているという仏教の「因縁生起」を起点にした ご縁思想が日本人には根付いていて、五円を賽銭箱に投げ入れる様になったのではないか?」というような事が書かれているそうです。


因縁生起(いんねんしょうき)とは、この世のすべての事象・存在は、直接的な原因()と間接的な条件()が結びついて(生起)成立しているという仏教の根本思想です。


何一つとして独立して存在はせず、あらゆる現象は相互依存の中で変化し続けているという道理を表しているそうです。何かとても納得しました。


因縁生起の2文字目と4文字目を取って「縁起」が良いという言葉の語源になったそう。


五円は祈りの硬貨だったのですね。ご縁がありますように✨🙏✨

  • 紙成鳴美
  • 2 日前

今日はヤマハの創業者 山葉寅楠の話がSNSに流れてきました。自作のオルガンを現在の東京芸大の評価を受けるため、浜松から二人でオルガンを天秤棒で担いで東京まで出かけた話です。詳細が載っているサイトを見てみました。詳細はこちらです。すごい情熱と熱意🔥


先日、徳富蘆花の家でオルガン見たなーと思い、ヤマハ製かなと検索してみましたが、こちらは西川虎吉が横浜で創業した日本最古級の国産リードオルガンだそうです。


西川虎吉さんが亡くなった後は、ヤマハが事業を引き継がれたとの事。お二人は「虎と寅」🐯繋がりですね。


思い出したのですが、娘が同志社大でピアノの発表会をした事があります。同じマンション内に住むピアノの先生が卒業生?か何かの関係者だからのようでした。あと気づいたのが、娘が山川健次郎と同じ誕生日で、八重の桜の撮影が始まったのも同じ日付でした🫢娘は物理学の気配は全くありませんが。また不思議。。


色んな世界からの偶然は、決められた運命をなぞっているというよりは、その時々で色んな形で現れる、思いのかけらのような贈り物なのかも?とも思いました。

  • 紙成鳴美
  • 4 日前

八重の桜、最終回まで進みました🌸


こちらは2003年に撮った京都御所、蛤門から入って北へ進んだ所にある小川です。ちょうど八重桜が写っていたのでアップします。


会津藩の朝敵の汚名を晴らすためにも会津藩の記録を詳細に綴った「京都守護職始末」は山川浩、健次郎によって書かれていたのですね。この記録がなければ八重の桜もなかったかもしれません。


先日の芦花公園の家主、徳富蘆花の兄の徳富 蘇峰(とくとみ そほう)は同志社大学を新聞記者になるために中退し、そして國民新聞という新聞社を立ち上げたのですが、最初は平民主義だったのが政府、軍部寄りの御用新聞と転じ弟の徳富蘆花も離れる原因になったそうです。


ドラマでもその兄への反発が「不如帰」を書くきっかけになっていました。八重に新聞の目的を戒められるシーンも。


でも新島八重のWikipediaには、徳富蘇峰が八重に「私は同志社以来、貴女に対してはまことに済まなかった。しかし新島先生が既に逝かれたからには、今後貴女を先生の形見として取り扱ひますから、貴女もその心持を以て、私につきあつて下さい」と述べ、八重が亡くなるまでその言葉通り面倒を見た事が書かれてありますし、徳富蘆花、弟のお墓に寄せた手紙も優しい文章で心根は悪い人ではなかったようです。


國民新聞があった場所は東京京橋とありました。私が勤めていた会社にもほど近く、その上、弟の家の近くに住んでいる事を考えると、そこに何かあるのかな?と思ってしまいました。


私の山川家の血を引く従姉妹の娘さんは山川健次郎が関わった京都大学で今、学んでますし、もう一人の従姉妹も引っ越した先の隣人が偶然、同じ山川家の血を引く家だったそうです。山川家は今も会津の無念や、未完の仕事をあの世からこの世に送っているのでは?と不思議に思います。


私も何年も前の事ですが、聖母像の夢を見た事があって、その日中にテレビで「今日は聖母マリア様の誕生日です。」と聞こえてきて、私はクリスチャンでもなんでもないのに偶然にしては不思議だなあ・・・と思っていたのですが、もしかして同志社界隈の何か波長?だったのかもしれません。その他、ここには書けないけれど不思議な事があります。


山本覚馬の同志社大学にて聖書の一節を用いながら卒業生へ送るシーンがありました。


「諸君は一国の、いや、世界の良心であってください。いかなる力にも、その知恵であらがい、道を切り拓いてください。それが身をもって戦を知る私の願いです。」


山本家と山川家は東京、京都で多くの人々に学問や考える種を残しました。ちょど今BSで八重の桜が再放送してます。現代にも多くの方に戦争と平和について考えさせるきっかけを作ってくださった事に感謝です🙏 桜🌸が咲く頃に山川家へ、いずれ京都の山本家へもお墓参りをしたいと思います!


bottom of page