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  • 執筆者の写真紙成鳴美


昨日の京橋の続きです。


表通りに、手作りの靴屋さんの小さな誘導看板があったので路地を曲がってみました。古傷から靴選びには苦労しているのでオーダー靴?と見るとチェック癖があります。


壁面に銅板の看板とレトロな雰囲気が可愛かったので撮っておきました。


こちらの写真、右に戸田建設さんの新築工事の看板が。昨日アップした工事現場も戸田建設さんの新築工事だったので、この界隈に強いのかな?と思ってHPを見てみたら、昨日の歌川広重住居跡に建てているのは戸田建設さんの本社なのですね。


低層部をアートと文化の拠点に、様々な催しを計画中との事なので引き続き要チェックです。


そして左隣の提灯のあるお店ですが


寄席かお寿司屋さん?と覗いてみたら、思いがけず、浮世絵と御朱印帳のお店でした。



入り口には江戸時代と同じ木造で、昨日の木の中に隠れている京橋の柱と同じ「きょうはし」の書体がちゃんと彫られていました。


とても気さくなご主人で、店内もネット掲載OKで撮らせて頂きました。


京はし「満津金」(まつきん)さん印刷会社とこちらのお店と営まれているそうで詳しくはぜひ、HPへ。



御朱印帳は昔ながらの製法で、持参した着物や手拭いなどで制作も可能な1点づつの手作り品です。撮っておけばよかったのですが、ディスプレイの「笑点」の手拭いを使ったご朱印帳がとてもいい感じでした。


店内にもある橋を模した木製の棚は、店主知り合いの宮大工に作ってもらったそうです。


いいですね〜 知り合いの宮大工に作ってもらったって一度言ってみたいです。


そして浮世絵の方は、江戸町火消錦絵師 岡田 親さんさんの作品を取り扱っていらっしゃいます。


火消しの着物のデザインも美しく、消化活動の纏(まとい)までにも美的センスを取り入れていた昔の人はほんと、いなせです。


丸の内の火消しの家に生まれた歌川広重と浮世絵が被りますが・・・検索してみたところ、岡田さんは葛飾北斎が好きで、自分は北斎の生まれ変わりだと信じ込ませているとの事。火消し錦絵のコレクターから始まり、独学で描き始め、家業の京橋の寿司店「京すし」を営みながら描き続けていたそうです。今はお店の方は5代目に受け継いでいるようですが、京すしさんにも言ってみたいです。


満津金さんは印刷会社とお店と、岡田さんはお寿司屋さんと錦絵師と、二足の草鞋でも両方立派に成立していらっしゃる。良い背中を見させて頂きました。


上野から京橋へのご縁繋がりから、昔馴染みの場所で新たな世界を発見できました。行ってみて良かったです!

  • 執筆者の写真紙成鳴美


何か色々と上野の歌川広重から京橋へと縁が繋がっているので、これは京橋の跡地に行ってみた方がいいのかも!と思い、ちょうど今日は銀座へ行く用事があったので、帰りに京橋と歌川広重住居跡地へ立ち寄ってみました。


立て看板の説明によると京橋は1603年に日本橋と同時期に架けられて、1875年に石造りのアーチ橋に架け替えられ、最終的には昭和38年、川自体が埋め立てられました。こちらの柱は江戸時代の擬宝珠(ぎぼし)の伝統を引き継いだ形なのだそう。



信号を渡って交番横にある柱は、生い茂る木の中なので手で枝をおさえて撮りました。


また驚いたですが、こちらの柱の横の高架下にかつてお店があった会社に、新卒の時に内定を頂いていたんです。


こちらは大正時代の京橋。ずいぶんヨーロッパ調の建物が並んでいたのですね。



こちらは八重洲口から旧ブリジストン美術館の横を入ってすぐの光景です。こちらのトラックの横に、歌川広重の住居跡を示すものがありました。



工事中なので、看板の写真が貼ってある状態です。


まず気になるのが、「にぎわいとうるおいのあるまち 中央区」というコピー。にぎわいは分かるのですが、うるおいって湿気??と思い、うるおいの意味を検索したら「金銭的な余裕」とも出てきて、確かに・・さすが中央区・・・と思いました。



看板の部分を撮った写真です。火消しの家業の家に生まれ、のちに浮世絵師となる説明が書かれています。通勤していた時は気が付かず、やっと認識できた歌川広重の世界。


現場の建築計画のお知らせに、(仮)TODAビル計画、事務所、美術館、飲食店などと出ていたので、歌川広重の跡地だけに作品が常設展示される?といいなと思います。


ほんと、こちらの近辺は20代を過ごした場所だけに久しぶりで懐かしかったです。会社の同期の友達がブリジストンの社長の息子と子供の頃に遊んでいたとよく言っていた事を思い出し、美術館でも行ってみるか!と初めて行ってみたのですが休館でした。


勤めていた会社の場所にも行ってみました。違うビルに生まれ変わっているのは知っていたものの、跡地を巡っただけに、時代はこうして上書きされていくんだ。。とちょっとセンチな気持ちです。


会社の近所のビルの上に徳川家の末裔の老夫婦が営む画廊があって、時々さぼって遊びに行ってました。そこも今はなく。。


次回は当時見つけていたら、そこにも遊びに行っていたかもという、また歌川広重と京橋に縁がある場所に出会えたので紹介致します。

  • 執筆者の写真紙成鳴美


昨日の早朝の風景。朝霧で白く見えました。もう暑過ぎて、昨日と今日とかなり早い時間に散歩です。


昨日の太田美術館の歌川広重の作品、京橋のポストですが、満月の明かりと竹問屋なので、表紙のクラフト制作を担当した、小説「月の立つ林で」を思い出しました。


制作したクラフトが月と竹林だったので思い出したのですが、青山美智子さん、そういえば愛知県のどこのご出身と仰っていたか気になってインタビュー記事を見たのですが、愛知県瀬戸市。藤井聡太さんの出身地と一緒でした!


昨日の将棋は渡辺明さんとの勝負、人工知能(AI)の評価値で渡辺明さん99%の勝率からの藤井聡太さんの大逆転。


歌川広重さんは絵を見た人の感じ方を追求し、青山美智子さんは読者を想像し、藤井聡太さんは対戦相手の思考を追求する。詰まる所、人の心情にかなり敏感な人がその道の一流になっていくのかもしれません。

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