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執筆者の写真: 紙成鳴美
紙成鳴美
1 日前

こちらは柳津町の代表的なお寺 福満虚空蔵菩薩圓藏寺「ふくまんこくぞうぼさつ」です。私の写真だけですと伝わりづらく、ぜひサイトの方もご覧ください🙏


807年名僧徳一大師によって開創されたお寺です。赤べこの発祥の地でもあります。


先日に旅した会津若松の飯盛山にて、たびえほんの舞台である柳津町のあわまんじゅう屋さんを発見しまして、ちらしを置いて頂きお話しさせて頂いた事もあり、本日は柳津町のご紹介です✨



こちらが柳津町の伝統的なお菓子「あわまんじゅう」です。とっても美味しいです。



こちらは1枚目のお寺から眺めた只見川✨🌸



お寺の下から見た風景。瑞光寺橋(ずいこうじはし)と赤べこ福太郎とお寺、そして桜と美しい風景でした。


赤べこは五人家族で町の各所に大きな赤べこが設置されています。たびえほんの道の駅でもらえるパーツは、赤べこ五人家族の子供達です。



赤べこ発祥の地だけあってポストの上には赤べこが乗っています。



駅中はレトロでなんとも可愛い❤️



駅中に赤べこ作家さんがいらっしゃって、赤べこを制作してらっしゃいます。その方を絵本のモデルにさせて頂きました😄 カフェも併設されていてレトロお洒落です。


駅の隣にはSLも展示してありました。



只見線沿線では電車が走っている所に遭遇したら、手を振るというルールがあります🖐️


地域の皆でお客様を盛り上げてくださっています🙌


お寺には戊辰戦争での弾丸の抜けた跡などもあり、のどかですが色々な歴史の尊厳と、可愛い赤べこ達と層の厚い柳津町です。ぜひ「たびえほん」と柳津町の旅へお出かけください😄


昨日は白河奥会津フェアが埼玉県大宮駅で盛大に行われまして、お邪魔ついでに、たびえほんのご紹介もさせて頂きました😆 様子はインスタの方にアップしております。大宮の皆様とても優しくて柿までお土産に頂いたり楽しいひと時でした。


こちらブログの方は写真の福島県立博物館へ立ち寄って見つけた奥会津について📝



美術館の一階にカフェを見つけて休憩していたのですが、見覚えのある布がひかれていました。もしやと思い店員さんに伺ったところ工芸品を展示、使用しているカフェとの事でこちらは昭和村の「からむし織」でした。



これはチャンス!という事で、持参していた「たびえほん」のチラシをお店に置いて頂ける事に❤️



工芸を紹介する事に特化した素敵な店内でした。例えばこちらの長い照明は漆を塗り重ねて変化する色の展示を兼ねています。手前から奥へと色が変化して行きます。


色々お話をするうちに、店員さんは昭和村の織姫第一期生だったとの事が判明!織姫さんとは昭和村へ移住し、からむし織を学ぶプログラムです。詳しくはこちら。


昭和村の視察の際に詳しく伺っていたので、偶然の出会いに天の川の織姫を見つけたような気分でした😄



昭和村と言えば、象徴的な建物になるのは喰丸小学校です。


取り壊しの危機に遭いながらも文化人類学者で東京外国語大学教授の山口昌男氏が訪れた事で学習や交流の場として蘇らせましたが、再び解体の計画になり、今度は映画ハーメルンのロケ地になった事でファンが訪れるようになり村民の照明活動で保存される事となりました。こちらの場所は何か✨持ってますね!


こちらの動画は映画の予告編です。



こちらは私が訪れた際の写真です。






視察時は自治体の皆様とワイワイと楽しい時間でしたが、こうして改めて写真を眺めるとじわっと日本人としての原風景と言いますか懐かしさを感じます😌


昭和村も来週頃から紅葉の見頃を迎えるそうです🍁

執筆者の写真: 紙成鳴美
紙成鳴美
10月14日

白河の帰りには会津若松方面へも立ち寄って、会津について学び旅をしてみました。こちらは會津藩校日新館です。


福島県の会津藩が創設した、江戸時代最高峰の規模と教育水準を誇る武士のための藩校(学校)です。


10月2日、澄み渡る青空。動画は明るさも何も調整せずなので、絵に描いたような青空でした。東京は長雨続きの1ヶ月だったのでそれだけでテンションが上がります。



一番最初は大きな獅子がお出迎えです。最初の動画にもあったように、門の両側も獅子でした。今までみた事がないのですが、白河市は狛犬が盛んですし、会津は獅子や狛犬に古くから何か関係があるのでしょうか??


日新館は本来は鶴ヶ城のそばにあったのですが、戊辰戦争で焼け落ちてしまい、昭和62年に約8キロ離れた山の方に造られました。



ブログで前々からお伝えしている、叔父の先祖の一人である山川健次郎の銅像が門の前に。


日新館の元は会津藩の基盤を築いた保科正之(ほしなまさゆき)の教育理念です。教育と産業の振興を重視した田中玄宰(たなかはるなか)が日新館の創設を進言したとの事で、教育に力を入れてきた会津藩の結果が全国にも良い影響を及ぼしたのですね。



江戸時代の徳川幕府は社会秩序のために朱子学(儒教の学問)を重んじていたため、全国の藩校にはこのような孔子を祀るお堂が建てられていたそうです。日新館は大成殿という名称です。



九谷焼が立派です!



弓道場や教室も広く再現されていました。



赤トンボをしみじみ見たのも久しぶり・・・



こちらは場所が変わりまして、会津藩の白虎隊の最期の地、飯盛山です。白虎隊は日新館で学んでいた少年達です。


白虎隊の武士道に憧れ、白虎隊のお墓のすぐ近くに眠るドイツ人学者、ハイゼ父子夫妻のお墓もありました。ここにも憧れの人の近くに眠る方が・・・


日新館でもヨーロッパ系の若者が一人で展示を見て回っていました。


こちらのドイツ人学者のように、武士道に惹かれて一人でも見学にいらっしゃったのだろうなと思います。とても熱心に展示をご覧になってました。



こちらは同じく白虎隊のお墓のそばに建てられたローマ市から白虎隊へ敬意の印として

寄贈の碑です。白虎隊の精神は日本的美学でもあり悲劇でもありますが、海外でも同じように敬意を持って来られるのですね。



あと今回の旅では不思議な事がありました。白河へ向かう際に、新幹線乗車前に購入したコーヒーの呼び出し番号が0111。次にこの日は娘の友達から期限が30日のスタバのオンラインチケットが使い切れないからと2杯分頂いたのですが、交換が夜になってしまったのでデカフェにして2杯、ホテルへ持ち帰りました。そのレシートを見たら合計1111円。そして部屋について部屋番を見たら1116!ブログでお馴染みの奇遇な数字、116‼️ 1が10個並んでの6! 京都と会津は深い繋がりがあるので、福島へ行った時に出現するのも何か意味がありそう🤔


そして昨日、小峰城で頂いた資料のアドレスにも116を発見しました。この日は私の誕生日でしたし、こうして色々な方のご縁と働きかけで何かに繋がっていくのだなあ・・・と改めて不思議な出来事でした。



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