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鬼のポップアップカード

  • 執筆者の写真: 紙成鳴美
    紙成鳴美
  • 9月19日
  • 読了時間: 2分

美術館での展示も控えてまして、試作を製作中です。諸々納品もして確定した時点でお知らせいたします😃


何年か前に鬼のポップアップは作った事があるのですが、新たに制作し直してみました。


動画は試作過程の2パターンです。実物だけでなく、こうして撮影をする事で、実物だけを見ているより修正点がはっきり見えます。顎の形状が思ったより尖り気味なのでそこを改善する予定です。


顔は複雑で感情も表現する物なので、展開図だけで修正しても思ったようにならず、実際に作ってみての修正を重ねる必要があります。


鬼といえばのお話ですが、先日のブログで芥川龍之介の事を書いたので、短編の蜘蛛の糸を読んでみました。


あらすじは

  • 悪行の限りを尽くして地獄に落ちた大泥棒カンダタが、ただ一つ善行(蜘蛛を踏み潰さずに助けたこと)を思い出した釈迦によって、極楽から垂らされた蜘蛛の糸を登り、地獄から逃れようとする物語です。しかし、カンダタは自分だけ助かろうとして他の罪人たちを蹴落とそうとしたため、糸が途中で切れてしまいます。


お話の最後の方には


「無慈悲な心が、そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、御釈迦様の御目から見ると、浅間しく思召されたのでございましょう。」とその後に極楽の優雅さを対比で書かれているのですが


これを大人になって読むと疑問点が出てきました。お釈迦様はカンダタが他の罪人を蹴落とそうとしなかったら、続いて上がってきた大勢の罪人も一緒に極楽に上げるつもりだったのか?それともカンダタが上がった時点で、善行は一つもない他の罪人は蹴落とすつもりだったのか?とか。そうなるとお釈迦様も無慈悲・・・?ちょっと釈然としないです😅


その後に羅生門のあらすじだけ読んだのですが、救いがなくてびっくりしました。それを読むと、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」は無慈悲は悪という単純な解釈をしてはいけないような?






 
 
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