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浅草と文化人 神谷傳兵衛

  • 執筆者の写真: 紙成鳴美
    紙成鳴美
  • 5 日前
  • 読了時間: 2分

浅草がテーマに作品を作る必要があって、仕事の合間に文豪と浅草の関係を読んだりしています。ネットで調べてみるだけでも昔の文豪は今のガチガチのコンプライアンスとは真逆すぎて凄いですよ。現代で題材にして大丈夫かな・・・と思う事も。


川端康成の浅草紅団の「水族館」の章には


「浅草は、東京の心臓・・・・。」「浅草は、人間の市場・・・。」添田唖蝉坊(そえだあぜんぼう)の言葉である。


という出だしで始まる文章があるのですが、添田唖蝉坊とはどなた?と思って検索したら演歌師と出てきたのでYouTubeで聞いてみたら、浅草と相性が合いそうな・・・アナーキーな方でした。ご興味がある方はぜひ検索して聞いてみてください。


YouTubeでは「懐かしの浅草2」がおすすめで流れてきまして、細かい歴史まで網羅していて面白かったです。日本最古のBar、文豪に愛された神谷バーの創業者、神谷傳兵衛(かみやでんべい)と説明があったので検索してみたのですが、日本のワイン王で茨城県の牛久シャトーの創業者と同じだったとは知りませんでした。詳しくは牛久シャトーのサイトへ。


所有している美術品668点全てを上野の東京国立博物館へ寄贈したり、故郷の愛知県の鉄道の創業に関わったり、文化事業や慈善事業、災害が起こるたびに救済活動を行い、金穀や衣類、農具を支給したり、神社仏閣、社会公益事業への関心も高く、多くの寄付をしました。と載ってました。牛久シャトーへは1度訪れた事がありますが、そんな視野の広い方だったとは!


私が御朱印を制作させて頂いている市原稲荷神社さんの愛知県刈谷市の礎を作った方でもあるそうで、こちらに専用サイト「傳兵衛クラブ」までありました。トヨタの発展にまで繋がっているとは驚きです。浅草の神谷バー(みかはや銘酒店)名前の通り神✨ってます。


浅草寺はお寺ですが、昔から真逆な歓楽街でもあるのが不思議だったりもします。仏教と欲望が渦を巻いて文豪や実業家が惹かれていたのかもですね😃



 
 
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