松陰の遺言
- 紙成鳴美

- 1月31日
- 読了時間: 2分
更新日:2月2日
八重の桜🌸第五話目に私にも縁のある「小松」が出てきました。
エピソードの中に八重のお兄さんが獅子舞の列を見て、「あれは小松村の獅子舞だな」というセリフがあるのですが、さすが私😄ピンときました。きっと山川家と小松村は何かある・・・と調べてみたところ
戊辰戦争の会津若松城への帰還戦術の際に、小松村が関わったという歴史的逸話がありました。
会津藩家老の山川大蔵(山川浩)は、官軍に囲まれて一時退却しなければならない状況でしたが、小松村の若者たちの民俗芸能(彼岸獅子)を集めて楽隊隊形を作り、奏楽しながら会津若松城へ戻るという戦術を採ったと伝えられています。
この機転によって 部隊は無傷で城内に入ることができたとされる逸話です。
わざわざセリフに「小松村」を出したとう事は、この後にこちらのシーンが出てくるのかもしれません。
更に松繋がりで気になったのが、山川健次郎の兄弟に「捨松」というお名前の方が。
Wikipediaにはアメリカへ留学する娘に母が懐剣を渡し、「今生では二度と会えるとは思っていないが、捨てたつもりでお前の帰りを待って(松)いる」と述べ「捨松」と改名させたそうです。
元の名前は咲子さん。故郷を勉学のために離れる娘に松の字をつけたという事は、住んでいた場所に松がついていたのでは?と思っていましたが当時の若松城下本二之丁山川大蔵に住んでいたようです。こちらに詳しく載っています。
吉田松陰も5話目で処刑されてしまいました。5話の題名が「松陰の遺言」
「古人を学ばざれば、己の立つ所を知らず」
先人を学ばなければ、自分がどこに立っているのか分からないという吉田松陰の言葉ですが、歴史に弱い私には耳の痛い言葉です。私事に繋げると、ちょっと分かりやすくなりました😃
山川家を辿っていると、エンタの神様での陣内智則さん絵本、姪孫の子、甥や姪の孫「再従曾姪孫」を思い出しました笑
松平容保

