徳富蘆花の家
- 紙成鳴美

- 2月22日
- 読了時間: 2分

今朝の散歩は芦花公園へ。八重の桜🌸にも出てきた徳富蘆花の家へ行ってみました。公園内にあり9時〜無料で誰でも入れます。公園にはよく行きますが、家の展示にはずいぶん前に1度来たきりです。


昔のオルガンや電話も残ってました。

懐かしいというか、私の実家はまだこの鍵です。

お屋敷の向かいにご夫婦のお墓がありました🙏

下記はAI文字起こしをした一部です。
「蘆花は生まれつき真面目で意思強く妥協を排し、世間の動きに左右されることがなかった。また、与えることが多く、愛情をもって人々に接した。文章をつくるにあたっては、さまざまな思いが泉のように湧き出て、つぎつぎと言葉が流れ出るといわれた。蘆花の生涯は、終始白らを偽らず、自分の生前からの願いであった粕谷の恒春園の林の中に葬られた。これは兄徳冨蘇峰によって漢文で書き記され、石碑に刻まれて墓におさめられた。」
ところで「不如帰」という小説で山川捨松さんを結果的に謝らなくてはならないほど悪く描いた理由はなんだろう?と調べてみたのですが、優秀だった兄との確執と思想の対立、庶民の見方であろうという心情が社交界にいた捨松を悪く書いた理由の一つのよう。wikipediaによると「惡者にしなければ、人の淚をそゝることが出來ぬから誇張して書いてある」と認めていたそうです。
「不如帰」と検索するとAI情報では徳富蘆花の小説『不如帰』(ほととぎす)は、実話に基づいた小説です。明治時代の元帥大山巌の娘・信子と三島通庸の息子との結婚と、結核を理由にした不縁の事件がモデルとなっており、当時の社会や「家」制度、女性の立場を反映した名作としてベストセラーになりました。
と実話として出てしまっているぐらいなので被害は続いているようなものですね。
皮肉にも「不如帰」がベストセラーになった事で文豪としての地位を確立したそうで。。正義の見方であろうとする心が、時として道を見誤るのかもしれません。

こちらは以前に芦花公園で撮った椿の花でお気に入りです。東京都へ寄付された徳富蘆花の邸宅とその周りの公園は人を楽しませてくれています。
心理学によると「人の性格」というのは「そうしないと生きられなかった結果」だそうで、そうかもしれないなあと思いました。

