永井荷風
- 紙成鳴美

- 6月13日
- 読了時間: 2分

昨日は仕事で夕方に浅草へ。
浅草ゆかりの文豪と言えば、樋口一葉、川端康成、そして永井荷風という事で、永井荷風がよく食べていた尾張屋のお蕎麦へ立ち寄ってみました。本店に入ったつもりが支店に入ってましたが。。
そして今日はフォローしている和樂マガジンのインスタを見ていたら、こちらの5枚目の写真にウィリアム・K・バートンの撮影した浅草という記事に永井荷風の文字が!
「バートンは外交官だった永井荷風の父・永井久一郎とヨーロッパで知り合ったことがきっかけで、1887(明治20)年に来日。母方の祖父が写真愛好家だったことから、自身も写真を撮り始めたらしい。戊辰戦争で有名な榎本武揚を会長として設立された日本初の写真同好会「日本寫眞会」の創立メンバーにもなっている。この写真の後ろに映っているのは1890(明治23)年に竣工し、バートンが基本設計にも携わった浅草の凌雲閣。」との事。
そして記事中の榎本武楊という覚えがあるお名前・・・前にブログに書いたこちらの榎本武楊でした。
話は変わり、前回のブログに書いた神谷バー創設者の神谷傳兵衛さん。なぜ浅草から牛久のワイン工場に?と考えていて思い出したのが、こちらも以前にブログで書いた東京の東本願寺。
ブログを書く時に関連記事などを見ていたところ、牛久大仏を建立したのが浅草の東本願寺と書かれていたのを思い出しました。
神谷傳兵衛と東本願寺の関係を検索してみると、AIの答えでは繋がりがあるのですが肝心の情報源が見当たりません。神谷バーと東本願寺はとても近いですし、同じ牛久という共通点は何かしらありそう??
それにしても浅草周りの文化人達の世界は深すぎて、とても短期間で仕上げる題材ではなさそうな😅

