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榎本武揚

  • 執筆者の写真: 紙成鳴美
    紙成鳴美
  • 2月15日
  • 読了時間: 2分

今日は八重の桜 32回まで🌸


無念にも会津が敗れてしまう鶴ヶ城の戦い。。その後、戊辰戦争は函館の地でも行われるのですが、そこで登場したのが幕府海軍の榎本武揚えのもと たけあき)


私の叔母の旦那さんは山川家、叔母は伊能忠敬家から繋がる家系ですが、ここで少し繋がります。榎本武揚は伊能忠敬の弟子の次男で浅草生まれ。後に明治時代を支える人物になります。


それにしても山川家はドラマの中で少しの役かと、当初は思っていましたが、がっつり山本家と共に歩んでいるので驚きました。


あと八重と兄の山本覚馬が京都で再会シーンも。山本覚馬の「新政府が捨てたこの都に、武力で押しつぶされない文明の町を作る」という兄の志を受けて、京都での八重の勉強が始まるシーンです。


京都のその頃は戦争の後でかなり荒廃していたとの事なので、今の観光地京都があるのはそういった背景があるのですね。


あと西郷隆盛が一目置いていた山本覚馬に、今の同志社大学のある薩摩藩の土地を覚馬が何かに役立てられるようにと告げるシーンもありました。


戊辰戦争を描く中でも闇雲に行動する事と、情で動く事が全体に危険を及ぼす事を時々示唆しているようで、何より会津の学問が心を支えていく道筋が見えてきました😃


それにしても昔の人は徒歩や馬での移動なのに、日本全国移動しますね!今や乗り物に乗っているだけなのに・・・大変とか思ってしまう事に反省。もっと視野を広く色んな所に行かなくてはと思いました。幕末京都の会津藩の拠点となっていた金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)も行ってみたいです。

 
 
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