開運
- 紙成鳴美

- 3月15日
- 読了時間: 3分

だるまさんを飾って目を入れようと思ったのですが、これは左右の順番が決まっているのかな?と検索したところ、ここにも阿吽がありました。
一般的に、左目(向かって右側)から入れます。これは「物事の始まり」を意味する「阿(あ)」を表すためです。
最後に願いが叶った際、右目(向かって左)を入れます。これを「吽(うん、物事の終わり)」と呼びます。
阿吽の呼吸は自然と呼応する繰り返しの事で宇宙的ですが、バイオリズム的、鼓動のような物をさすのかもしれません。

こちらは先日に撮った皇居のお堀です。昔は江戸城の内堀だったそう。
最近、べらぼうが放映している時にコンビニで買ってみた「江戸の暮らしと仕事」という本を今更ながら読んでいるのですが、知らなかった事が多数で面白いです。
江戸幕府が埋め立てた日比谷、日本橋、京橋界隈ですが、神田駿河台にあった神田山という丘陵を切り崩して埋め立てたそう。かなりの量でしょうから、結構な山だったのですね。
その中の京橋ですが、以前にブログで日本橋から京都へ向かう橋として「京橋」と名付けられた事は書きましたが、京橋1丁目はかつては本材木町5丁目といって材木商人が住む街だったそうです。
歌川広重の絵に、京橋に竹が沢山描いてある絵もあったよなあ。。と思い出して検索してみたらありました。京橋竹がし
街中に水路を巡らす事で、陸路では運べない資材を大量に運ぶ事が出来たそうなので、水路の途中、特に工事が盛んな江戸城付近には材木、竹など素材ごとに問屋街のような場所があったのですね。
それにしてもこんな広大な土地を人力で埋め立てようとするなんて😱 今はブルドーザーやショベルカーなどがあるからこそ、人力なんて無理無理!って思ってしまいますが、そんな存在がなければ人力が当たり前だったんですよね。便利を知ってしまうと、逆に昔の人が出来た事を無理だと思う事が増えてしまいます。
昔の事と言えば、以前に東大寺の大仏の手相が珍しい「ますかけ線」であった事に写真から気づいた事があるのですが、偶然なのかな?と思っていたのですが、昨日、フォローしているわけではないのですが・・古代史研究会の記事がSNSに流れてきました。こちらです。面白い記事でした。902世代分の膨大なデータの蓄積のようで、なるほどなあと思いました🖐️
長い歴史と膨大な人生の積み重ねの繰り返しで便利な今がありますが、遠い将来の人間から見たら、今の状況が「昔はこんな大変な事をしてたんだ・・・」って思うのでしょうね・・・
AIの発展を見ていると世の中の大革命がまた始まりそうで、それもあり得る話なんだろうなあ・・・でも、昔の方が優れていたと思われる事が多々ありますが、とにかく時は重なるのみですね😌

