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  • 執筆者の写真紙成鳴美

広重ぶるう

「広重ぶるう」朝から泣けました😭


ドラマを観て時系列が分かったので、前々の記事の歴史探偵の感想の間違いに気がつきました。60歳を過ぎて描いたのは東海道五十三次ではなく江戸百景の方です。修正しました。失礼致しました。


どの役者さんも素晴らしかったですが、葛飾北斎役の長塚京三さん、ほんの少しの時間なのに仙人のような存在感でした。昔、東京駅の改札口で長塚京三さんにすれ違った事があるのですが、茶色のロングコートに革のアタッシュケース、普段から長塚京三さんを演じているのかなと思う隙のなさ。舞台の上のようでした。


思えば「そうだ、京都行こう」のCMナレーションも長く務められてましたし、前の記事の「名作コピーの時間」にも載っている「恋は、遠い日の花火ではない」のCMではナレーションではなく演技でご活躍。両方とも長塚京三さんならではだったのかもしれません。


気になる京橋ですが、広重が京橋に住んでいたのは江戸百景を描いている時との事。八重洲口から旧名ブリヂストン美術館を右に折れて少し進んだ所に今は看板だけあるようです。


京橋ってそもそも名前の由来は?と思って検索してみた所、京橋タイムズというサイトに由来が載ってました。


東海道の起点である日本橋から、「京へ上る最初の橋」があったことから、その名が付いたとされています。


東京の中心なのに気持ちはまだ京都の方へ向いていたんですね。OLの時に何度も書いていた住所ですが京都へ上る橋の意味だったなんて、今更の驚きです。



こちらは原宿の太田美術館の京橋を描いた浮世絵が載っているリンクです。当時は竹問屋が集まっていたため竹がびっしりだったそう。


同じくこちらは七夕の風景。右に少し物干しを描いているのが広重の家の物干し台という説も。


ドラマで繰り返された、職人か?自身が描きたいように描く絵師か?問題。広重の場合は大衆に受け入れられる事と自身が描きたい物とが優しさでイコールだったのかもしれません。


最近、日本橋、八重洲と何か不思議なご縁が続いているので、私も東海道五十三次的に移動しているのか。。ちょっと謎が解けてきたような気もします。

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